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採択奨学生の動き

第3期奨学生インタビュー第5回

社会に出ていく人の支援をしたい

 

3期生5回目のインタビューの相手は、青森県立保健大学健康科学部3年の柏木千里さん(21)です。大学進学が幼いころからの目標の一つで、勉強に打ち込んできたといいます。ところがセンター試験の結果により、当初描いていた進路を修正。それが、心からやりたい仕事を見つけるきっかけになりました。

 

 

柏木千里、21歳。
夢は、社会的養護の子や元受刑者のサポートができる人

 

新型コロナウイルスの影響は全国的に続いているが、柏木さんが暮らす青森県内では、感染者数が大都市圏と比べると少ない。そのため、生活への影響も限定的だ。6月にオンラインで行われた交流会の場で、「大学では普通に授業が行われています」と柏木さんが発言すると、関東などの参加者から感嘆が漏れていた。その大学も10月からは後期が始まっているが、授業は引き続きもっぱら対面という。

 

「前期に一部の授業はオンラインになりましたが、外部の先生によるものだけでした。それも、先生と学生ではなく、先生と教室を結ぶオンライン授業。学生は教室に集まっていたので、普段とあまり変わりませんでした」

 

引きこもりになることもなく、大学で友人と接し、学ぶ。現地ではいつも通りの時間が流れていることを、インタビューのために繋いだオンラインのモニターから、柏木さんは笑顔で報告してくれた。

 

「今は3年生の後期なので、授業自体は少ないです。授業の内容を挙げると、ソーシャルワーク論、更生保護に関するもの、施設経営論…。それから、権利擁護についても学んでいます」

 

夏休みには実習もあり、参加した。社会福祉士の資格取得のために必要な、23日間の実習だ。

 

「障害児入所施設に行きました。個別支援計画を作るのが実習の最終目標でした。個別支援計画というのは、子どもが社会に出ていくために必要なことを計画したものです。2人の子を担当させてもらい、その子が興味を持っていることについて、情報収集するところから始めました。障害のために本人が言葉で意思を伝えられないこともありますから、家族の人にも話を伺って進めました」

 

実習自体は1年生からカリキュラムに入っている。しかし、学年が上がるごとに内容が高度になってきた。3年生では、実習の後に開かれる報告会に実習先の方や1、2年生が見学に訪れるから身が引き締まる。

 

学業は順調だが、コロナ禍の影響は全くないわけではない。アルバイトは、以前から続けている焼肉店でシフトを入れてもらえない状況が続く。知り合いの飲食店で働く日が「ちょこちょこ」あるくらいだ。汗を流してきたバスケットボールのサークルも、練習が休みになっている。

 

社会に出る時の困難は誰にでも

 

夢の奨学金に応募した時、将来の夢について「大学卒業後は児童養護施設で働く」と書いた。施設に入っている子どもは、社会に出るタイミングでさまざまな困難を抱えている。そのサポートができたらいいなと考えたからだ。

 

自立する時、困難に遭遇するだろうと自分でもうすうす感じていた。しかし、そのサポートを職業にまでしようと思ったのは、高校3年生の時に参加したある催しがきっかけだった。施設で育った、同じ境遇の同世代との交流イベントだ。泊まりがけのイベントで、ディスカッションなどで互いの考えや生き方を見つめ合った。

 

「多くの子が社会に出る時の難しさを語っていました。お金だけではありません。(一般的に)高校3年生で卒業して施設を出ますが、その時点で、施設の子には特にサポートが必要だと実感しました」

 

進学して福祉を学ぶうちに、考えがさらに広がってきた。児童養護施設の仕事には今も変わらず魅力を感じるが、これに加えて更生保護の分野にも興味が出てきた。惹かれるのは、刑期を終えた人が社会復帰する際の支援だ。

 

「(仮釈放の場合)刑務所から出ると保護観察になりますが、その保護観察が終わった時に就職できないということが多いんです。それによって、せっかく更生に進んでいても再犯になってしまう。そこに疑問があります。協力雇用主の数は多いのですが、実際に雇われるケースは少ないんです」

 

協力雇用主とは、非行や犯罪をした人を雇用し、立ち直りを助ける民間の事業主のこと。保護司などと並んで、更生保護を支える人として知られ、国が登録を広く呼び掛けている。

 

再犯や再非行に至るのを防ぐためには就職し、責任ある社会生活を送ることが重要とされている。あるデータでは保護観察が終わった後、無職の人の再犯率は仕事がある人の約3倍だ。そこで協力雇用主は欠かせない存在となっているが、実際に対象者を雇用している事業主はごく一部にとどまっている。

 

知り合いに協力雇用主や保護司がいて、活動の話を聞いてきた。大学でも、ゼミの先生がこの分野をカバーする司法福祉を専門としていて、研究に触れることが多い。支援が必要な人たちが相当数いることを具体的に知り、何とかしたいと考えるようになった。

 

「施設の子が社会に出る時の支援をしたいと最初に話しましたが、結局、この更生保護も同じなんだと感じます。私は結局、誰かが社会に出る時のサポートをしたいんです。施設だったり、刑務所だったり。そこから社会に出る時には、誰でも難しさを抱えるものなんですよね」

 

高3の冬に軌道修正 福祉を学ぶ

 

児童福祉施設で、5歳から高校卒業までを過ごした。

 

「きょうだいが6人いて、私は下から2番目です。下から3人、つまり、すぐ上の兄と私と妹が施設に入りました。そうなった理由は母の育児放棄、とずっと思っていたのですが、ちょっと違いました」

 

正確に知ることになったのは、高校3年生で奨学金に応募する時だった。応募書類に、生い立ちを書く欄があったことから、過去について職員に確認した。そこで「お母さんがいなくなった(行方不明になった)から、保護された」と聞いた。

 

だからといって家族関係が悪いわけではない。

 

「施設に入ってからも、お母さんとは面談を定期的にしていて、大きくなってからは夏休みや冬休みに、家に帰って一緒に過ごしていました。だから、お母さんは好きでした。施設にはきょうだいもいたし、寂しいという感じはありませんでしたね」

 

そんな施設生活で自分が決めた目標の一つは、大学進学だった。「ずっと勉強ばかり」していた。なかでも英語が得意だったので、商科大学に行こうと決めた。英語を磨き、商学を学んで、国際的なビジネスの世界で働く将来を思い描いた。

 

ところが、高校3年生の冬、センター試験で予想していたような結果にならなかった。進路を考え直す必要が出た時に心に浮かんだ分野が、もともと関心があった福祉だ。同世代の同じ境遇の子たちとの交流イベントを通して、当事者への支援の必要性を強く実感していたことが背中を押した。学ぶ分野を商学から福祉に変更し、現在の大学に出願。合格を手にした。

 

施設出身者らとの交流ではもう一つ、重要な刺激を受けていた。進学にあたって、奨学金は絶対に必要だと自覚したことだ。

 

「交流に参加して、いろんな人がいて、それぞれに夢があると分かりました。その時に進学についての話を聞き、奨学金は絶対に必要だと思ったんです。大学に入る前も、出た後も、奨学金を得たのとそうでないのとでは全然違う。施設の職員からも教えてもらって、奨学金の情報を集めました」

 

複数の奨学金に応募した。結果として、夢の奨学金と自治体からの奨学金を受けることができた。

 

経済的な問題はクリアできたものの、自立へのハードルは残っていた。施設の子ならではの問題としてしばしば挙げられる、社会常識の欠落だ。例えばお金。

 

「施設でもお小遣いのようなものはあり、お金に触れることはありましたが、通帳とか、そういうものを子どもは管理しません。お金の管理は普通の家庭の子にも難しいかもしれませんが、施設の子は全く見聞きする機会がないまま一人暮らしを始めます」

 

様々なことをゼロから始めた結果、分からないことに多く遭遇した。分からない時に聞ける相手もそばにいなかった。

 

「大学に入って一人暮らしになった時、今はもう大丈夫なのですが、家賃や電気の引き落としなど、いろんな手続きが本当に大変でした。どうすればいいか、元居た施設に度々電話して尋ねていました。その一人暮らしのアパートも、借りるのが難しかったですね。保証人がいないため、それでも入居できる物件を探す必要があったんです。今、住んでいるのは数少ない物件から探し出した部屋です」

 

施設で過ごしていたからこその、制度上の難しさにも直面した。

 

「今、国民健康保険に入っているのですが、その手続きがすんなりいきませんでした。母からも施設からも『国保には入った方がいいよ』と言われ、手続きに行ったところ、『扶養者はいないの?』『前に使っていた保険証を見せて』などと言われました。でも、扶養者はいないし、保険証も持っていない。施設にいた時は、保険証は持っていなくて、病院で受診した時は(職員が)ピンク色のカードを提示していたんです」

 

窓口でこうしたケースの相談が少ないためか、事情を説明しても要領を得ず、何度も足を運ぶことになった。

 

「夢の奨学金の奨学生は仲がいい」

 

大学3年生まで進級した今、夢の奨学金を得て何が良かったと問われると、「お金のことはもちろんですが」と前置きして、奨学生仲間との交流を挙げた。

 

「私は3期生なのですが、その3期生同士の仲が良くて。上下関係なくいい関係です。みんな同じ境遇なので、気を遣わなくていい。(関東や東海に住む)奨学生が遊びに来てくれて、みんなで青森観光をしたこともあります。一番の仲良しの子とはいつも連絡し合っています。青森にも4期生の子が入って、一人じゃなくなりました」

 

夢の奨学金事務局から、交流会を11月に開催する旨の連絡を最近受けた。夏の開催がコロナ禍で見送られていたため、久しぶりの交流会だ。青森からは、6月に続いて再びオンラインでの参加だが、「みんなの近況を聞けるのが今から楽しみ」だ。

 

 

社会的養護の後輩、申請を予定している人へのメッセージ

 

「夢の奨学金に応募する人へ。面接では思っていることをしっかりと伝えたらいいと思います。面接の相手にしゃべらせないほど、しゃべる!」

 

「奨学金に受かったら、同じ境遇の仲間がいます。交流会に参加して語り合ったり、それ以外でも相談したりしてもいい。楽しみにしていてください」