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採択奨学生の動き

社会的養護の子に社会との接点を

夢の奨学金 “伴走者”という仕事
ソーシャル・ワーカー 荒井和樹さんインタビュー

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事情があって家庭で暮らせない子供が受ける社会的養護。その出身者を対象にした新しい奨学金制度を、日本財団は2016年度スタートさせます。その名も「夢の奨学金」。学費に加え生活費、住居費までカバー、しかも、貸付ではなく給付です。そして、一番の特徴は、ソーシャル・ワーカーが子供ひとり一人を見守るサポート体制。数ある奨学金の中でも例の少ない、このユニークな任務を担うことになった社会福祉士の荒井和樹さんに、お話を伺いました。

 


荒井和樹(あらい・かずき)
1982年生まれ。北海道出身。日本福祉大学卒。社会福祉士、保育士。特定非営利活動法人全国こども福祉センター理事長として、若者の見守り活動を続ける傍ら、同大学大学院で社会福祉学を研究。


 

あったらいいな、が実現した“夢の奨学金”

 

ー「夢の奨学金」の構想について、現場の専門家としてどのように評価しますか。

 

生活費と学費の両方に使えて返す必要がないというのは、革命的だと思います。「こんな制度、あったらいいな」と思い描いていたことが、現実になったという印象です。生活費がカバーされていることは、社会的養護出身の子供にとって、とても重要です。彼らは20歳を迎えると法的支援を卒業することになり、生活費は自分で稼がなくてはなりません。学費を出してくれる奨学金を手にできたとしても、生活費を稼ぐ必要は消えないのです。これをまかなうためのアルバイトと学業との両立は、時間的にも肉体的にも簡単ではなく、中退を余儀なくされるケースが後を絶ちません。こうした事情から、施設職員が積極的に進学を勧めなかったり、子本人が実際は望んでいたとしても進学をあきらめたりすることが多いのが現状です。

 

また、この奨学金の特徴でもあるソーシャル・ワーカーの存在は、大きいと感じます。社会的養護出身の子供は、他者とのコミュニケーションに不安を感じたり、苦手だったりする傾向があります。特に、大学に行くとなれば、新しい環境の中で戸惑ったり問題を抱えたりすることも考えられます。そこに、ソーシャル・ワーカーが関わることで、学業からの脱落を防ぐだけでなく、卒業後、社会で仲間と生きて行く道筋を一緒に作ることができると思います。単に学業を貫徹すれば終わりとするのではなく、その後の人生の自立を見据えた奨学金だと思います。

 

児童擁護施設で働いた20代の私が見つけたこと

 

ー子供の問題に取り組むようになった経緯を教えてください。

 

子供の問題への関心というと、高校を卒業するころ「孤児院を作りたい」と考えたのが始まりです。理由はわかりません。ただ、高校時代は陸上部に所属していて、後輩を育てることが好きでした。また、父が脚に障害を持ち、母とは死別して、叔母が自分にとって人生の伴走者になってくれました。そうした経験が、孤児院を作りたいという発想に結びついたのかも知れません。

 

大学で社会福祉を学んだ後、4年半ほど児童養護施設で働きました。この間、さまざまなことを考えました。見えてきたことの一つに、「社会的養護の子供は恵まれている」という状況がありました。社会的養護を受けている子供は、社会から認知され、法的支援が得られています。ある意味、恵まれているのです。しかし、認知されていない子供はどうでしょう。法的支援の外に置かれ、必要なサポートを受けられずにいます。

 

そこで、不可視化されている、法的支援の外にいる子供に向けてサポートを届けようと、街頭に出て、「何か困ったことはない?」と語りかける声かけ活動をはじめました。それが、全国こども福祉センターでの取り組みのスタートです。

 

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見据えるのは、奨学金を受ける子のその後の人生

 

ー奨学金の伴走者としてのソーシャル・ワーカーは、珍しい任務です。どのようにイメージして実際の仕事にあたろうと考えていますか。

 

その子にとって、大学進学はゴールではありません。その後の人生はずっと長いわけです。ですから、ソーシャル・ワーカーとして彼らに関わるとき、学業を続けるためのサポート役にとらわれず、「社会へのつなぎ役」でいようと考えています。大学でサークル活動を含めた友達との交友関係がうまくいけば、就職した後の生活がずいぶん変わってくると思います。私が取り組んでいる全国こども福祉センターの活動とも連携して、人間関係を広げて豊かにするきっかけを作っていければと思っています。

 

ーどのような課題が考えられるでしょうか。

 

この奨学金が、いったん社会人になって再び学業に戻ろうとしている「セカンドチャンス型」の若者にも対象を広げている点で、課題をいくつか想定しています。人は社会経験をつんだり、年齢が上がったりするほど、価値観が固まっていきます。ですので、対象となる子がそうした傾向を持っていることも十分に考えられます。人間関係を広げるお手伝いをするにあたってはもちろん、生活全般の相談についても、その点を踏まえたうえで接していきたいと思います。

 

例えば、就職して収入を得る経験があると、お金に対する感覚は、それ以前とは変わってきます。奨学金制度で手にできる金額は、業種によってはすぐに手に入ります。それをありがたいと感じられないケースもあるかもしれません。しかし、仕事をしてお金を稼ぐことはできても、ごく限られた友人しかいないような生活が続けば、その子の人生にとってプラスにはなりにくい。仲間はお金では買えません。伴走者として、この奨学金のさまざまな価値を伝えていけたらと思っています。

 

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奨学金の価値が社会に還元されるために

 

ー伴走者としての抱負を教えてください。

 

奨学金として使われるお金が、どのように社会に還元されるかが大切だと考えています。奨学金を受けた子が、最終的に社会の中に入っていって、何でもいいから社会の役に立つようなことをやってほしい。それが私の願いです。そのためにも、大学に在籍している間にできることをしっかり経験し、自立した社会人になってもらえるよう努めていきたいと思っています。

 

(聞き手・益田美樹)

 

「夢の奨学金」は2016年度、愛知、岐阜、三重の3県の居住者のみを対象にパイロット事業として実施、17年度から全国へ拡大する予定です。昨年12月25日に1次選考(書類選考)が行われ、今月16日には名古屋市で2次選考の面接会が開かれます。この2次選考で16年度の奨学生が決定します。

 

「日本財団ブログ ソーシャルイノベーション探訪」より転載